第1部で「採用戦略の二極化」を、第2部で「中小企業の受け止め方」を整理してきました。第3部では、戦略Aを選んだ企業──つまり「採用人数を絞った企業」に向けて、もう少し具体的な話をしたいと思います。
採用人数を絞ると、多くの企業でこんな声が聞こえてきます。
「採用が減ったから、その分の予算は来期削減できるね」
「新人研修費もそんなに必要なくなる」
「人事の負担も少し減って助かった」
──これらは、合理的な発想です。ただ、ここに大きな見落としがあるかもしれません。
採用を絞った企業ほど、「いつもの採用」ではできなかったことに、投資すべきタイミングが訪れている。今回はそんな視点をお伝えします。
採用人数を絞ると、本当に何が起きるのか
採用人数を絞ったとき、多くの会社で目に見えにくい変化が始まります。
「採用を減らした=会社の調子が悪い?」と社員が感じ始めます。表面的には何も言わなくても、転職活動を始めるきっかけになる可能性があります。
新人が入ってこないと、職場の質問・教え合い・世代間対話が減り、組織は徐々に「停滞モード」に入っていきます。
採用予算は減っても、エンゲージメント低下・優秀人材の流出・組織パフォーマンス低下といった見えにくいコストがじわじわ積み上がります。
つまり、採用減は「コスト削減」だけでは済まないということです。減った採用予算を、別の場所に振り向けないと、組織は徐々に弱っていく可能性があるのです。
浮いた予算を、どこに振り向けるべきか
ここで、視点を変えてみましょう。
採用人数を絞ったということは、新人研修費・採用広報費・面接対応の人件費など、これまで毎年使っていた予算が一定額浮くということです。
この浮いた予算を、どこに振り向けるか。
その判断が、これからの組織の強さを左右するかもしれません。
考えられる主な選択肢は3つです。
コスト削減
浮いた予算をそのまま削減し、利益に回す
スキルアップ投資
リスキリング・研修・資格取得支援へ
エンゲージメント投資
社員が会社に誇りを感じられる施策へ
選択肢1は、短期的な数字には効きますが、組織の体力を削ぎます。
選択肢2は、有効です。多くの企業がすでに取り組んでいます。
そして見落とされがちなのが選択肢3──既存社員のエンゲージメント投資です。
社員が「自分の働く会社」を誇りに思う気持ちは、研修だけでは育ちません。「自分はここで頑張っている」「会社は自分のことを見てくれている」という実感が、日々の積み重ねの中で育っていくものです。
そのために何ができるか。私たちが提案したいのが、「既存社員のための撮影投資」です。
既存社員のための「撮影投資」 3つのアプローチ
採用が減って浮いた予算を、撮影に振り向ける。その具体的なアプローチを3つご紹介します。
経営者が「いま会社をどこに連れて行こうとしているか」を、自分の言葉で語る数分の動画は、書面の社内報よりもはるかに強い影響力を持ちます。「採用を絞ったのは、こういう理由で、社員のみんなにはこれからもっと活躍してほしい」──そんな経営者の本音が伝わると、組織は一気に前向きになります。
日常的に働いている社員の姿を、プロのカメラマンが撮影する。これは応募者向けのコンテンツでもありますが、それ以上に社員自身が「自分はこんなふうに働いている」と再認識できる素材になります。自分が映っている写真を見て、「この仕事、やっぱり悪くないな」と思える瞬間が、エンゲージメント向上の起点になります。
表彰式、周年パーティー、入社式、社員総会──こうした節目のイベントを丁寧に撮影し、社内ポータルや動画ライブラリに残しておく。これは、「自社の歴史と文化を可視化する」ということです。新入社員が見れば文化を学べるし、ベテラン社員が見れば「自分はこの組織の一部だった」という実感が深まります。
なぜ「撮影」が効くのか
「研修やイベント自体に予算を使った方が、直接的じゃない?」と思われるかもしれません。
確かに、研修やイベントは大切です。ただし、研修もイベントも、終わった瞬間から記憶は薄れていきます。一方で、撮影された写真や動画は、何度でも見返せる。社員が3年後に新人を迎えたとき、「あのとき表彰されたあの先輩、今でも目標です」と語れる。それは、撮影された素材があるからこそ起きることです。
つまり、撮影は「その瞬間」を未来に残し、組織の物語として継承する装置なのです。
例:毎年の社員ポートレートを、10年後の周年に活かす
具体的な仕掛けの一例を挙げます。
たとえば、毎年定例で社員一人ひとりのポートレート写真を撮り続けることを想像してみてください。1年目では「ただの記録」に見えるかもしれませんが、5年・10年と積み上げると、これは他社には絶対に真似できない、自社だけの貴重な資産になります。
10周年の節目で、それらの写真を使った社員モザイクアート──一人ひとりの顔が集まって、会社のロゴや象徴的なビジュアルを形作る作品──を制作する。社内のエントランスに飾れば、社員一人ひとりが「自分はこの組織の一部だった」という実感を、何年経っても呼び起こせます。
これは単なる装飾ではありません。社員の存在そのものが会社の歴史であることを、目に見える形にするということです。新人が入社したときに、「あなたもいずれ、この絵の一部になる」と語れる──そんな撮影の積み重ねは、研修や福利厚生では決して作れない、深い帰属意識を育てます。
そしてもうひとつ、見逃せない効用があります。社外の取引先や顧客が打ち合わせに来社したとき、エントランスに飾られた社員モザイクアートは「この会社は社員を大切にしている」という強烈なメッセージを発します。社員を大切にする会社は、取引先のことも大切にしてくれる──そう感じてもらえれば、商談の入り口で信頼を勝ち取れる。インナーブランディングのために用意した素材が、対外的な信頼資産にもなるということです。
そして、さらに大切な効用がもうひとつあります。
採用面接で来社した学生の心を、面接が始まる前に掴むことです。
売り手市場が続く今、採用は「企業が学生を選ぶ」時代から「学生が企業を選ぶ」時代へと、明確に変わりつつあります。せっかく内定を出しても辞退されるケースは増え、最終面接でも油断ができません。
そんな状況の中、面接で来社した学生が、エントランスで社員モザイクアートに目を留めたらどうでしょうか。「この会社、社員一人ひとりを大切にしているんだな」と感じてもらえれば、面接が始まる前から、学生の心の構えが変わります。
学生は、面接官の言葉だけで会社を判断しているわけではありません。会社の空気、エントランスの雰囲気、社員の表情──そういった「言葉にならない情報」の積み重ねで、入社する/しないの最終判断をしています。だからこそ、学生が来社する場所に「社員を大切にする会社」というメッセージを置いておくことが、内定承諾率を1人でも引き上げる力になります。
「絞った今」だからこそ、できること
採用を増やしている時期は、社内も忙しく、新人対応に追われ、「既存社員のために何かする」という余裕は、なかなか生まれません。
採用を絞った今だからこそ、立ち止まって、「うちの社員のために、何ができるだろうか」と考える時間が生まれているはずです。
そのタイミングを逃さず、いつもの採用ではできなかった、既存社員への投資に踏み出すこと。これが、組織の力を静かに、しかし確実に高めていく道だと、私たちは考えています。
第4部に続く
第3部では、採用を絞った企業ほど既存社員への投資が重要であること、そして撮影がその有力な手段になることをお伝えしました。
次回・第4部(最終回)では、「1日密着動画は、戦略Aと戦略B、どちらの企業でも価値を発揮する」というシリーズの結論をお届けします。
採用を絞った企業にも、新卒を貫く企業にも、両方に効く撮影とは何か。シリーズの集大成として、ぜひお楽しみに。
- 本記事は、各種公表資料・調査・報道、および採用市場の一般的な動向をもとに、整理したものです。SIGNAL FORWARDによる独自取材に基づくものではありません。
- 引用した数値・トレンドは、各報道機関・調査機関が2026年4〜5月時点で公表していた情報に基づいています。今後の市場変化により、状況は変動する場合があります。
- 本記事の見解は採用市場全体の動向分析であり、特定企業の採用判断や個別の経営判断を断定するものではありません。
- 最新かつ正確な情報は、各一次ソース(企業のIR発表、調査機関の公式ページ)をご確認ください。
- 本記事の引用・転載に関しては、出典の明記と一次ソースへの確認をお願いいたします。
